渡米中の盛田(当時専務)に申し出があった時も
“アメリカの大手時計会社から「SONYでは無名で売れっこない。わが社のブランドで売らせてくれるのなら、10万台のトランジスタラジオを注文しよう」と、市場調査と商談のため渡米中の盛田(当時専務)に申し出があった時も、喉から手が出そうな商売であったにもかかわらず、「SONYのブランドを付けなければ意味がない」として断った。「50年前、何人の人があなたの会社を知っていたでしょう。私たちの会社は今、50年の第一歩を踏み出したばかりだ。50年後には、あなたの会社と同じくらいSONYを有名にしてみせる」と。”
— | Sony Japan | Sony History 第23章 「SONYブランド」の出発 |