看護師に席を外してもらい、怒ったような顔をしている彼女に話し始めた

この前縫ったばかりの傷の上から、また新しい傷が重なるようにして口を開けていた。今日は縫わない・・・縫えない。あたしはそのまま傷に軟膏とガーゼをあて包帯を巻くと、そばにいた看護師に席を外してもらい、怒ったような顔をしている彼女に話し始めた。


 「先生、悔しいよ。Aちゃん、先生の目をちゃんと見て。」


 あらたまった雰囲気にただならぬ気配を悟ったのか、彼女はこちらに目を向けた。


 「・・・キレイに治してあげたくても、Aちゃんがそう思ってくれなかったら、治してあげられないんだよ。

 本当はすぐに縫ってあげられたらいいんだけど、他にもたくさんの患者さんがいる。

 今日もなかなかAちゃんの番にならなくて、こんな時間になっちゃった。

 先生こういうお仕事してるから、Aちゃんと同じように苦しくて、

 わけもわからないまま自分を傷付けてしまう人をたくさん知ってるよ。

 でもみんな必ず、後悔するの。傷はどんなにキレイに縫っても、必ず残るの。それを見て、みんな後悔してるよ。

 どんなに苦しくても、いつか必ず通り過ぎる。

 だからそれまでの間、自分は自分で守ってあげなくちゃ。

 だってAちゃんが、苦しくなった時に、いつも誰かが助けてあげられるとは限らないんだよ。

 最後の最後は、Aちゃんが自分で守らなくちゃいけない。

 苦しかったら自分の身体を傷付けるんじゃなくて、お皿割ったっていい、

 物を蹴飛ばしたっていい、ほかにも方法はいくらでもある。

 でも身体を傷付けちゃダメだ。取り返しのつかない傷を残すことがあるんだよ。

 こんなことしても、何もいい方に変わらないんだよ。


 今日は縫わない。縫わないで、お薬で少しずつ治すよ。

 そうすると傷は残るけど、Aちゃんがもう切らなくなったら、今度は傷痕をきれいにする治療をちゃんとしてあげる。

 先生、約束する。だからAちゃんも、もう切らないって先生に約束して。


 先生だって、お母さんだって、看護婦さんだって、小児科の先生だって、みんなAちゃんのこと心配しているよ。

 悩みのない人なんていない。Aちゃんだけじゃない、みんな苦しいことあるんだよ。

 苦しいなら、なんでも話していいんだよ。怒りたかったら怒ればいい。みんな聞く準備はちゃんと出来てるよ。

 でも、Aちゃんが勇気を持って言ってくれなかったら、聞いてあげることもできないの。

 困ったらココでいいからいつでもおいで。」


 最初に看護師に席を外してもらったのは、話が職務を外れた内容だったからだけではなく、どうせあたしが泣いてしまうのが分かってたからだ。案の定、話し終わる頃には、鼻水がたれて恥ずかしいくらい泣いていた。

 けれどAちゃんも、話の途中からもらい泣きしてしゃくりあげていた。彼女も袖で涙をごしごし拭いながら病室に帰っていった。隣りのブースでそっと成り行きを見守っていたであろう看護師が、ひとりになった私にティッシュの箱を「どうぞ」と持ってきてくれた。



 精神科でもない私が、心を病んでいる患者に説教をするのは、正直怖い。それはいつも思う。どんな思わぬ結果を招くか分からないし、起こった時の適切な判
断も出来るかわからない。だから必要以上の距離を縮めようとはしない。怖いが、言わないままで見過ごす自分の方がもっと怖い。よい方へ変えられるかもしれ
ない機会を目の前に、みすみす易きに流れてしまうのが怖い。何かを・・・変えようとする時、絶対の安全なんて保証されることは決してない。手術だってそう
だ。政治だって。リスクだけを大きく論じて、そのまま流れの滞ったもとの道を選ぶのは簡単だ。でもそれでは何も変わらない。いつまでも同じことの繰り返し
だ。










自分だけでなく